アニゴジ 星を喰う者のネタバレ感想。評価が駄作と傑作で分かれそう

全三部作のアニメーション映画「GODZILLA 星を喰う者」が公開されたので、さっそく鑑賞してきました。

毎回、感想は人によって面白い派とつまらない派にバッサリ。これほど賛否両論が5:5で分かれそうな映画というのも珍しいですね。良くも悪くも虚淵玄らしい作品でした。

最終話を受けて、個人的には駄作と切り捨てることもないけど、傑作とも言い難い感じでした。あのラストシーンは、そりゃあ意見や解釈分かれるわ。

 

いつもどおり思った感想を書き綴っていく記事なので、結果的にネタバレになるような記述があると思います。ネタバレNGな方はここでページを閉じて頂けますと幸いです。

といってもかなりの乱文になると思うし、内容を観た人しか意味わからなくなるかもだけど。。。

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「GODZILLA 星を喰う者」のネタバレ含む感想と評価

「GODZILLA 怪獣惑星」と「GODZILLA 決戦機動増殖都市」に続くアニゴジ三部作の最終章である「GODZILLA 星を喰う者」

第一部で不安感を覚え、第二部でコレジャナイ感を覚え、第三章はどうだったか?ということですが・・・。

 

何だかんだで最後まで付き合ってきて、あらためてて思ったことは「虚淵玄はどんだけゴジラ嫌いなんだよ!」ということですね。

たぶん鑑賞された方で否定派の方の大半が、「怪獣出てこないやんけ!」だと思いますが私もその点、同意です。

 

まあね、いいんですよ。怪獣がメインじゃない怪獣映画があっても私は。

監督が「撮りたい!」って熱情に突き動かされて、結果的にゴジラやらギドラやらが活躍しない作品になっても面白いんだったら。

私は取り立ててゴジラの熱狂的なファンではないし、Fate/Zeroやまどマギが好きなくらいで虚淵玄さんの信者というわけでもありません。

 

ですので「何としてでもゴジラを引き立てて欲しい」みたいな希望もなかったです。

「虚淵玄が撮りたいように撮った、ぶっちーISM溢れる作品が見られればゴジラ映画だろうがただのSF映画だろうが何でもいいや」といった感じです。

 

でもどうなんだろう・・・?これ、虚淵玄が心から撮りたい!と思って作られた作品だったのかな?と穿った解釈を禁じ得ない。

うろぶちっくな表現や展開こそ其処此処に見られましたけど、それだけだったというか。

虚淵玄はアニゴジを本当に撮りたかったんだろうか?

なんか、ここまでの三部をとおしてアニゴジって、往年のゴジラファンの「怪獣どうしのプロレスが見たい!」という期待を裏切ろうとして、

裏切りたい一心だけでズラしてズラしてズラしまくって、その結果、特に中心のないブレブレな、でも側(がわ)はちゃんと整ってる謎の物体ができただけな気がするんですよね。

「誰も予想できない展開を描きたい」が先行するのはいいけど、虚淵玄が伝えたいメッセージとか、日々思っていることみたいな芯が完全に欠落していた印象。本当にアニゴジ撮りたかったのかな?

なんか、あまのじゃくをこじらせ続けて、得意技でフィニッシュしただけの映画だったような・・・。

 

虚淵玄さんが普段カレー職人だったとして、

人から「美味しいうどんを作ってくれ!」とか頼まれて、見た目を整えながら一応うどんらしい料理を作ってきたんだけど、

結局最後は得意料理に逃げて、うどんの上からカレーライスをぶちまけちゃったみたいな。

本人的には「カレーうどん」を作ったつもりかもしれないけど、うどんの中にカレーぶちこんだだけだからね。一歩間違えればただの生ゴミです。

 

まあ、それがただの生ゴミで終わらないのが虚淵玄のすごいところで、

たしかに観る人によってはメッセージ性を受け取れるであろう要素もありました。ストーリーとしても矛盾なく組み立てられたまま終わってるし、

最終的に得意料理をぶち込んだだけあってこれぞ虚淵玄!な作品だったとは思います。

 

だけど、それ以上でも以下でもない感想。

 

虚淵玄さんがゴジラが好きじゃないんだろうなーというのは伝わったけど、虚淵玄さんなりの「ゴジラが撮りたい」という欲や衝動のようなものがあまり感じ取れませんでした。

良くも悪くも「虚淵玄の得意技全部乗せ」で済ませた映画。

ですから、アニゴジは虚淵玄の信者であればあるほど最高傑作になるかもしれませんし、虚淵玄の信者でなければ駄作と感じる方もいるかもしれませんね。

ゴジラ対ギドラの皮を借りた人間同士のいざこざ

 

第二部がビルサルド主導のお話しだったとするなら、第三部はエクシフのお話しです。

 

怪獣惑星では、地球人の意思と団結の力を魅せ、

決戦機動増殖都市では、ビルサルドの地球人を越える科学力を魅せ、

今作では、最高峰の科学力を持ってしても到達し得ない宗教の世界を、エクシフが魅せます。

 

まあ、科学や数学そのものがもともとは神の世界を解明するために誕生した学問ですし、この順番で回が進むことは妥当でしょう。

ってか、エクシフはやっぱりラスボスでしたね。櫻井孝宏さんが声優だというのもあるし絶対メトフィエスは裏切ってくるだろうなと思ってはいましたが笑

 

今回の「星を喰う者」はそんなエクシフがギドラを召喚。ギドラがゴジラと戦います。

・・・が、前回のメカゴジラシティに引き続き、虚淵玄の「鑑賞者の予想を裏切ろう!」が先行したからか、往年のゴジラファンが期待するようなプロレスは見られません。

 

本作のギドラはアストラル次元から、地球へ一方的に干渉できる幽体的な怪獣として描かれています。なのでゴジラの攻撃はギドラに当たりません。

そして、攻撃が当たらないのをいいことに、ゴジラに噛み付きます。ギドラの攻撃コマンドは、噛み付くと巻きつくの二択です。

ゴジラ「喰らえパンチ!」
ギドラ「残念、当たりません」
ゴジラ「喰らえ火炎放射!」
ギドラ「残念、当たりません」

ギドラ「噛み付く」ガブッ
ゴジラ「ぎゃー!痛い!」
ギドラ「巻きつく」グルグルッ
ゴジラ「ぎゃー!苦しい!」

基本的にバトルの展開はこれだけです。笑

 

んで、裏ではハルオがメトフィエスと精神世界でバトルを繰り広げています。

ギドラはメトフィエスの力でアストラル次元と地球の次元に顕現しているので、メトフィエスを倒せればギドラも倒せるってことですね。

 

そしてこの精神世界のやりとりが長いんですよね。メトフィエスがひたすら自身の宗教的哲学観を語り、ハルオがそれを受け入れまいと抵抗する。これだけです。

クトゥルフ神話に影響を多分に受けているであろう表現がたくさん出てきました。ぶっちーがクトゥルフ神話好きなことは分かりました。笑

 

「偉大かつ強大な神の力の前では何もかもが無力。我々は結局、神に身を捧げる宿命からは逃れられない。

我々にできることはその宿命をどのような態度で受け入れるかのみ。なればこそ、滅びを受け入れよう」

的なメトフィエスの唆しに、ハルオが「だが!しかし!でも!」と返すだけのやりとりを長らく観させられます。

 

そういえば途中、ハルオがメトフィエスの思想に取り込まれるのを防ぐべくモスラが登場しました。

おお、、ここで満を持して怪獣登場!?と思いきや、ただのモスラのシルエットが飛んでるだけでした。

もっとも、それを観たハルオが「あれは・・・蝶?」と言っていたので、モスラではないかもしれません。だってモスラは蛾の怪獣だもの。蝶じゃないもの。

でもシルエットだけのちょい出しだったらいっそモスラ出なくていいです。うん。何の怪獣だったのか正体わからない方がいいや・・・。

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そうこうしているうちに結局ハルオが抗いきって、その結果、ギドラのパワーが衰えてゴジラに撃退されることになります。

個人的には、途中からゴジラを応援しまくっていた人類サイドにも疑問を覚えました。

まあギドラが勝ったら地球崩壊ですからね。だったらゴジラが勝つ方がまだマシって気持ちは分かりますけど。

 

そうそう。この精神世界でのハルオとメトフィエスのやりとりを観て、TV版エヴァンゲリオンのラスト2話を思い出した人も少なくないと思います。

エヴァって、庵野監督が「シンジくんというキャラクターは自分自身の投影だ」と言っているとおり、キャラの葛藤や悩み、苦しみがすごくリアルなんですよね。

たぶん、旧劇場版も庵野さんの実体験からくる心象世界をメタファーとして描いたら、その結果あんな感じになったんだろうなあと。

「あれを描かずにはいられなかった」という殺気というか気迫が感じられたのを覚えています。

 

んで、この殺気や気迫が、ハルオとメトフィエスがやりとりする精神世界の描写からは感じられなかったんですよね。

それらしいことを述べて布教に勤しむ宣教者的キャラクターがいたことと、虚淵玄はクトゥルフ神話が好きなんだろうなー。という感想。

その2つ以外取り立てて心に残るものがなかった。それも先述した「虚淵玄はアニゴジを本当に撮りたかったんだろうか?」って疑惑につながるんですよ。

アニゴジの賛否両論間違い無しなラスト

第一部の「怪獣惑星」で体長300メートルという規格外にでかいゴジラが登場したとき、

私は「これ・・・どうやったら勝てるんだ?」と非常に気になったものです。落としどころはどうするのかなー?と

 

まあここまでがっつりネタバレしちゃっているので、ラストについても書きますが、結局ゴジラを倒すことは出来ませんでした。

というわけで、人類はフツアと共に、ゴジラを地震や台風と同じような「天災」として捉えゴジラと共存する選択をします。

 

そんな中、仲間の一人が「またナノメタルを使えそうだ」ということに気がつきます。

前話「決戦機動増殖都市」で登場した、あのナノメタルですね。ユウコ・タニを取り込みかけて彼女を再起不能にしてしまったナノメタルです。

何でもユウコの体表にあるナノメタルから抽出したものなんだとか。

 

それを聞いたハルオは、

1.ナノメタルを使う
2.人類が科学によって発達する
3.科学が発達してしまえば、またギドラのような終焉を司る化身による厄災が降りかかることになる

という構図を脳裏に描きます。

そして、人類の科学的進化を防ぐべく半ナノメタル化した植物状態のユウコを戦闘機に乗せてゴジラに特攻。そのままハルオとユウコは帰らぬ人となります。。。

 

結果的に地上からナノメタル(=ユウコ)が消えれば、人間の科学的な進歩を防ぐことができるし、

そもそもハルオはゴジラを最後まで憎んでいる唯一の人類だから「これからの人類のためには自分のような憎しみを抱いた人間は異端児であって、消えた方がいいんだ」みたいな気持ちは分からなくはないんですけどね。

これも虚淵さんらしいラストですし。

 

でも、ハルオって第三部の序盤フツアの女の子と関係を持ってしかも妊娠までさせているんですよね。

・前作で、情があるユウコの安否を思って作戦失敗。

・ユウコが再起不能になって打ちひしがれてる中、求めてきたフツアの子と関係を持つ。

・現在は子供まで身ごもってる身重の嫁を置いて、過去の想い人と共に無理心中。

 

なーんか、ハルオに共感できないんだよなぁ。身勝手が過ぎる気がします。

まあ、ゴジラを敵視し続けるというキャラはブレなかったのはハルオらしいなあ、と思いますけど。

 

このラスト、賛否両論は絶対巻き起こるでしょう。私はラストだけを切り取れば賛成派ですけど、ハルオがそれまで取ってきた行動を考えると「なんだかなぁ」って感じです。

まとめ

何だかんだ文句をたくさん言ってしまいましたが、

ゴジラ作品って、ゴジラという怪獣が街に現れて世界を滅ぼそうとする。それを七転八倒しながら何とか撃退する、というテンプレートが今まであって、

もし仮にゴジラが世界を滅ぼしてしまったら、その後はどういう世界になっていくんだろう?という興味もありましたし、それを見ることができたのは個人的に良かったなと思います。

 

ただねー・・・、やっぱりねー・・・、

冒頭に書いたようにゴジラらしいゴジラらしくないとかはわりとどうでも良くて、「ゴジラというテーマを扱った虚淵玄の新境地」が見たかったんです。

 

虚淵玄らしい作品だったけど、虚淵玄らしいってだけの作品。

似たようなコード進行で同じような歌詞の内容で、メロディとタイトルだけ違う曲を聴いたような印象が終始一貫してた気がします。

駄作と切り捨てるほどつまらないわけではなかったですが、予定調和の範囲内だったなと。

 

おしまい。

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